英語で寝言 sleep-talking

英語学習者に

どんな時に英語が身についたと実感するか?
というアンケートをとった際

とても多かった解答が
「英語で寝言を言っていたとき」
というものでした。

英語で寝言。面白いですよね。

そもそも寝言って
多少の潜在意識はもちろんあるでしょうけど

意図的に英語で話そう!なんて
意識して発してるわけではきっとないでしょうからね。

マンガENGLISHで学習していただいてると

点数や合否が出るわけではないんで
なかなか自分の到達目標っていうのが
つかみにくいんですね。

でも、例えば洋画を映画の音声
字幕なしで見た方がすっきりするっていう状態。

文字を追う方が、かえってまどろっこしいというか

文字を追う暇があったら音を聞きたい
表情を見たいっていうような情報処理

そっちの方が自然になった時に
改めて分かると思うんです。

あるいは洋画はあまり見ないんだって方の場合

どっちかっていうとインプット系は読む方が多い
っていう方でしたら、

洋書を原書のまま読んだ時

日本語と同じように
情景が浮かんでくるっていうのが理想ですね。

たとえば

「静かな雨の夜だった。私はキッチンに立ち、夕食のシチューを煮込んでいた。その時、玄関の外で足音が聞こえた。主人のものではない。」

日本語の場合は当然のことながら
訳したり意味を考えたりしませんよね。

そのかわり何が頭の中に浮かぶかというと

例えばご自身のお家
あるいは昔住んでた小さなお家であるとか

ドラマに出てきそうな
4畳半一間のアパートを思い浮かべたり

もうそこは自由ですね。

そうやってあくまでも
場面を浮かべると思うんですね。

「主人のものではない足跡」・・・じゃあ誰?
ハイヒール?女の人?

「ドアの前でノックが2回聞こえた。私はコンロの火を消し、ドアに急いだ」

こんな風に続いたら
なんだかすっかりそのシーンに入り込んでしまって
この続きが気になる、みたいな。

さらに言うと
「ドアの前でノックの音が2回聞こえた」ていう時に

ゴンゴン!っていう強い音は浮かばないと思うんですよ。

静かな雨の夜ですから、コンコン・・・っていう静かな音。

そこまで意識が及ぶこともあるわけです。

それが英語になるとどうでしょうか。

「日本語に訳すこと」がゴールになってしまっている。

それが洋書を楽しめない理由なんですね。

情報処理の仕方を

日本語で普通にやっているような回路に戻していく
というのが

マンガENGLISHで英語脳を育む一つの到達点なわけです。

今、日本語で自由に気持ち良く話してる事が

英語でもストレスなく
自分が言いたい事は気持ちよく話せる。

ここが到達レベルになれば

だれでもみんな自分のレベルで
英語が話せるようになるのでね。

そのときに例えば

中学までに習った単語を、
全部もう一回おさらいしなくっちゃ

なんて思わなくていいんです。

むしろまだ英語脳になっていない頭
単語をおさらいしようとすると

また元の、訳が気になる、綴りが気になるっていう
情報処理の仕方に戻っていってしまって

音だけで何とかしようとする
脳の働きが育たなくなってしまうので

マンガENGLISHで

毎回新しいストーリーを使って

漫画イラストを見ながら場面をイメージして

聞こえてくる英語の音
印象に残った範囲でまねる

という

私たちが日本語で
英語ネイティブの子どもたちが英語で

みんなが経験した最初のステージ

英語でも
脳に経験させてあげてください。

そして自分なりに、自分なりの理解で英語の音も聞けるし
自分なりに言いたい事もとりあえず言えるとなった段階で
おさらいしていただくのはいいと思います。

多分、その段階ではもう
おさらいする必要はなくなってると思うんですけどね。

英語が上達したと実感する時は?と聞かれて

「洋画の字幕を見なくなっていた時ですね」
なんて答える自分を思ったらワクワクしませんか?

そのための英語脳作り。

自分の目指すゴールに向かって
楽しく続けていきましょう。

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